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4.金木

斜陽館

写真:斜陽館


 「津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これという特徴もないが、どこやら都会風にちょっと気取った町である。善く言えば、水のように淡白であり、悪く言えば、底の浅い見栄坊の町という事になっているようである。」(太宰治「津軽」)

 弘前まで乗ってきた「あけぼの」の中で、ひどい津軽なまりのおばさんと話をしていて、直接には話題には出なかったが、太宰治の「津軽」という小説を思い出した。時間的にだいぶ余裕があったし、もっと津軽らしいところへ行きたいと思い、津軽半島の中程にある金木まで行くことにした。弘前からだとすんなりいっても1時間半ほどかかる。

 津軽といえば、りんご、三味線、イタコ、太宰治…。

 りんご畑は五能線の車窓から見ることができる。真っ赤でもう出荷できるものからまだまだ青いものまで、色々なりんごがなっていた。あと1、2ヶ月後だったら真っ赤なりんごがずらりと並んでいただろう。

 五所川原から津軽鉄道に乗ろうとしたが、次の列車まで1時間半くらいあったので、列車はあきらめてバスで向かった。幸い、1日に10本もないバスはすぐにきたので、余計な時間を潰すことはなかった。

 金木の斜陽館前でバスを降りた。斜陽館は太宰治の生家で、太宰治の父が大地主だったので非常にバカでかく豪華な家である。当時の造りのまま近年までは旅館になっていたが、現在では太宰治の資料館になっていて、一般開放されている。

 中に入ってみた。確かに広い。しかし、それ以上に驚いたのは、江戸時代の民族史料館にありそうないろりがある一方で西欧の屋敷にあるような部屋もあるという和洋折衷ぶりである。江戸時代以前の生活ぶりをしていた一方で、当時流行の明治的ハイカラ文化も取り入れていたことがうかがえた。

 地主とはいえこれほどまで立派な豪邸を建てることができたということは、この辺りが豊かであった(ある)証拠である。そういえば、後で散策してわかったことなのだが、この辺りはかなり開発されつくされ、田や畑または住宅になっている。東北地方にしては気候に恵まれているからか、それとも地理的要件からか。

 斜陽館のすぐ近くにある津軽三味線資料館にも寄ってみた。この土地では、目が見えなくなった人(盲人って言ってよいのだろうか?)で、男は三味線弾きに、女はイタコになるという慣わしがあったようだ(女性の三味線弾きもいるが)。津軽三味線は目が見えない人が培ってきた文化である。

 津軽三味線の曲は、伝統的な日本音楽にしては珍しく、リズミカルで激しい。いかに聴衆に注意をひいてもらうかというのを追究した結果なのか、それとも(東北地方で比べたらそんなではないが、全国的には)厳しい風土がそうさせたのか。演奏者が切磋琢磨して、日本はおろか世界にも知れ渡るような音楽に育てていったことは言うまでもないだろう。


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