17.寝台特急「北斗星4号」


 寝台特急「北斗星4号」がこの旅最後の宿。もう夜もかなり遅かったので、寝台車は明かりが消されて暗くなっていた。食堂車も既に営業を終えていて、コックやウェートレスが食事をとっていた。シャワーを浴びようとしたが、朝までは使えないと車掌に言われた。

 まだ寝付けそうになかったので、ロビーカーに行った。要するにフリースペースである。僕と同じようにまだ寝付けない人々が、お喋りをしたり、簡素な宴会を開いたり、ボーっとしていたりしていた。僕はしばらくジーっと外を眺めていた。真っ暗な海にいか釣りの漁火が見え、遠くには函館市街の明かりも見え、夜でも車窓の景色を楽しめた。

 隣りにいた大学生が時刻いてきた。僕はもうすぐ0時になると答えると、あと30分ちょっとで青函トンネルだと言った。函館に着く前の車内放送で青函トンネルに着く時刻の案内があったようだった。その大学生は、九州の鹿児島から北海道の稚内まで自転車で縦断を試み、それを成し遂げて帰るところであると言っていた。大学生は時間があっていいなと思う一方で、こうしたチャレンジスピリットみたいなものは社会人であっても見習いたい。しばらくお互いの旅行話をしているうちに、青函トンネルに入った。話しの切りもよくなり、トンネルの中だから当然外は真っ暗で景色も見えないので、僕はここで寝台に引上げた。

 このロビーカーのようなフリースペースは、経営的に見れば非効率なのだろうが、長距離列車では必要なサービスだと思う。長時間自分の席にいるだけでは飽きてくるから、こういうところに足を運ぶことによっていい気晴らしになる。それに、グループ客が客席でお喋りすれば他の乗客が迷惑に思うから、それが気兼ねなくできるスペースが必要である。こうしたお喋りも旅の楽しみの1つだと思うし。特に夜行列車では必要である。現状では一部の列車にあるだけであり、僕がこの旅行で乗った12時間も走る「あけぼの」にもない。寝台特急には全面普及を、長距離を走る特急列車のもできるだけ普及すべきだと思う。それが高速バスや飛行機にない魅力になるかもしれないし。

 青函トンネルは全長52.9kmあり世界一長い。この「北斗星4号」でも抜けるのに30分近くかかる。トンネルとしてはは長いと思えても、北海道から本州まで30分と考えると、北海道って案外近いんだなと思えてしまう。ただ、この30分間はゴーっという音で少しうるさい。寝台のそばにある窓から外を覗くと、たまに外が明るくなるときがある。そこが吉岡海底駅だったら竜飛海底駅だったりするのだ。「北斗星4号」が本州に上陸するのを見届けてから、僕は眠りに着いた。

 次の日、僕が目覚めたのは朝9時。僕にとっては旅行中ではたいへん珍しい朝寝坊である。でも、「北斗星4号」が上野に到着するのは11時過ぎなので、まだ2時間も余裕がある。僕はゆっくりと顔を洗い、手持ち無沙汰にしばらく外を眺めていた。そのころ、「北斗星4号」は栃木県に入り、黒磯を通過したところであった。そこで長かった旅行もいよいよ終わりに近づいてしまったという実感が急に沸いてきた。

 そのあと、向かいの寝台にいたおばさんとお喋りして過ごした。そのおばさんはもう70歳になると言っていたが、とてもそうは見えずお達者で、10歳は若く見えた。この日は親戚の結婚式で旭川から東京に行くところだそうだ。飛行機でいけばすぐなのにと僕が言うと、今はアメリカのテロの影響で警備が厳しくて、飛行機に乗るだけで1時間以上かかりそれでうんざりして疲れちゃうし、寝台列車なら寝ていけるからすごく楽だし、と答えた。列車の旅が好きなようで、よく「北斗星」に乗って東京に遊びに行っているらしい。根室線で出会ったおばさんもそうだったが、動き回るのが好きな人は若く見える。まぁ、元気だから動き回れるのだが。そのおばさんに旭川は寄らなかったと言ったら、次は旭川にも是非いらっしゃい、いいところだから、というように言われたので、次の機会にはよってみようと思う。

 まもなく上野に到着し、僕の今回の旅はほぼ終わった。数日前に上野を出発したときは半袖でも全然平気でそれでも暑いくらいだったのに、この日上野を降りたときは長袖のYシャツでも少し寒さを感じるくらいだった。僕が旅行している間に夏から秋に季節が変わったのであった。

 今回の旅行は、それまでの一人旅と違い、色々な人と話す機会に恵まれた。それまでの一人旅では、割と孤独を楽しむという趣旨が強かったが今回は違い、全然知らない人と触れ合うことによって色々刺激を受けた。自分の見知らぬ土地を訪れたり名所を見て回ることも旅行の楽しみだが、見ず知らずの人に会って話を聞いたりするのも旅の楽しみである。


次へ  戻る  津軽・北海道:目次へ